綴れば綴る程に遠くて

主に思考記録です。

言いたいこと詰め込みすぎてタイトルが決まらなかった

前回の記事でも少し触れたこと。

 

わたしは10代の時期「いかに人を頼らないか」で生きてきた。わたしの中で誰かを頼ることは「弱い」ことであって「情けない」ことだったから。早い段階から「自立しないといけない」気がしていて、早く大人になりたいと思っていた。

 

人を頼らない=自立=大人

 

という方程式を自分の中に抱えていた。しかし今でも「大人って何だ?」と考えることは多い。大人だと言われても「わたしはわたしだし?」20年生きたら大人なんて随分とチョロいなと思ってしまう。大人って何でしょう。

 

この方程式が崩れたのは東京に出てきてからだった。

親元を離れ、仕送りもなく東京で生きて行く。進学のために東京に出たいと言ったのはわたしだから、弱音なんて吐いていられない。無理かもと思っても、生きねばならない。逃れられない。共に暮らしていた姉とは金銭面で喧嘩となり家の中で顔を合わせることもほぼなくなった。生きる為に必死に今を生きているような生活だった。相当追い込まれていたと思う。歯科医院でのバイトも入って数ヶ月でどんどん人が辞め、分からないながらも兎に角やるしかなくて。生活するってこんなに大変なことなんだなと心底感じた。

それでも人を頼ろうとはしなかった。弱音も吐きたくなかった。人の前では平気な顔で居たかった。強くありたかった。

 

でも本当は真逆だった。

 

弱音は吐きたいし、なんなら泣きたいし。頑張りたくないし、解放されたかったし、人だって頼りたい。

じゃあなんで出来なかったのか。

 

「らしくない」そう思っていたから。

 

人を頼るなんて「らしくない」

弱音を吐くなんて「らしくない」

泣くなんて「らしくない」

 

他人から「◯◯だと思われたい」という気持ちはないだろうか。わたしはその気持ちが強かった。幼い頃の環境もあるだろう。手のかからない子どもでありたかった。

抜きどころが分からずそのまま生きてしまった結果「人を頼らずに弱音を吐かないわたし」が出来上がってしまった。作り上げたのは誰でもない自分だった。段々とコントロールが難しくなって、わたしは度々限界を迎えた。

そんなとき救ってくれたのは東京で出会った大人たちだった。特にバイト先のパートさんたち。わたしにとっての東京の母や姉たち。彼女たちに出会ってわたしは「人を頼る」ということを覚えた。

 

自分の弱さ、幼さを認めるのは難しかった。今でも人を頼ることは得意ではない。しかし「思ったより強くないんだ、わたし」そう受け入れてから、自分にはこんなにも素敵な友人や大人たちがいたのだと気付かされた。1人で頑張ろうと踠いていた日々よりも、誰かが教えて補って、支えてくれる日々のほうがずっと生きやすかった。頑張らないことで、人のあたたかさに気付いた。頑張らないってとても大切なんだと思った。

 

人にはそれぞれの得意分野があるとわたしは思っている。わたしにもわたしの得意分野、不得意分野がある。例えば恋愛は不得意分野、など。

これは一つの考え方だが、わたしはどうしようもなくなったらそれぞれのプロフェッショナルを頼るようにしている。恋愛のプロフェッショナル、人生のプロフェッショナル、仕事のプロフェッショナル、美容のプロフェッショナル。人と関わっていくと、不思議とその人は何のプロフェッショナルなのか見えてくるのだ。

 

わたしたちは残念ながら1人では生きてはいけない。というよりも、常に誰かの人生に関わっていて生きている。そして自分の人生に関わって貰って生きている。例え自分が望んでいなくとも。それでも1人で頑張りたいと思うならそれは自由。でもわたしはもう頑張らないと思う。たくさんの人が支えてくれると分かったから。弱いことは、誰かを頼ることは本当はとても強いことだと気付いたから。

 

最後にわたしの好きな言葉を紹介したい。この言葉に出会ったとき真理だと感じた。

 

「社会でうまくやっていこうと思ったら、まず頼りになる大人を見つけろ。一人でいいから。これはっていう大人見つかったら半分成功したようなもんなんだから。」

木皿 泉