綴れば綴る程に遠くて

主に思考記録です。

女子をこじらせて。 -女が女を殺すとき-

先日こんなことをツイートしました。

 

「女」だからって女を突き詰める必要なんてないはずなのに、女だから綺麗でありなさいなんて、本当はそんなこと必要ないのに。「女」というだけであれもこれも強要さ」ているような気持ちになる。いい加減にその「女」を「人間」に置き換えてくれ。

 

社会が「女はこうあるべき」と言ったり男性上司から「女は結婚して家庭に入った方が幸せだ」と言われたり、昔より自由になったらなったで、「女」を強要されているような発言は増すばかりではないだろうか。わたしが言われた訳ではないが上司が数年前「女が社会に進出するから、」と発言していたことがあったらしく。非常に残念な気持ちだ。

 

女性の生き方や価値観は女性の数だけそれぞれある。

 

先日の某美容雑誌の記事に関しても疑問を抱いてしまったのはわたしだけではないようだ。わたしは最近「モテ」や「愛され」「目指すのは〇〇な女」という文字を見る度に殴りたくなる気持ちになる。結局「女」を強要しているのは社会や一部の男性よりもわたしたち「女自身」なのではないかと思ったのだ。モテて愛されることってそんなに大事なことなのだろうか。女として必要なことなのだろうか。女として誇るポイントになるのだろうか。こうなってしまったら溢れ出て止まらない疑問。

 

結局女が女を殺し続けているのではないかと感じた。

 

お前が女子こじらせてるからだろうと言われたらそうですね、としか返せないが「女子をこじらせているかどうかではなく、女としてよりも1人の人間として人生どうするか真剣に考えたことあるの?」と一緒にお言葉を返したいですね。女が女を強要しているから女は女に囚われて生きているのではないか、わたしはそう感じている。女が自由になれないのは女にも原因はあるのだと思う。自分たちが自分たちを殺しているだけだよきっと。