突き詰めて

今朝職場で「人生もっと気楽に考えたら?」と言われた。常に突き詰めてるよね、とも。

 

「人生どうするか常に考えてます」と話をしたらこう返されたのだ。もう十数年もずっと考え続けていること。この思考がクセで、これがわたしなのだ。

選択肢の一つとして提示するならまだしも「何言ってるのこの子」そんな雰囲気をわたしは感じ取った。人生の歩み方の違い、それだけ。それだけなのに、と思ってしまった。

 

コーヒーを例えに話してみたいと思う。

アメリカン、ブランド、エスプレッソの中ならわたしはアメリカンが好きだ。それぞれの味わいや美味しさを知った上で、わたしはアメリカンが好きだと言う。ブレンドよりも、エスプレッソよりも。

ある人は言った。「エスプレッソが最も美味しい。エスプレッソ以外なんてありえない」ブレンドの美味しさもエスプレッソの美味しさも知った上で話しているのに、何もわかっていないとでも言うような言い方。悲しいような、残念だなあと感じてしまうような感覚。それはあなたの価値観で、わたしとは違うのに、そう思ってしまう。

 

わたしは他人にどう思われるかよりも今、自分がどう感じているのか、自分にはどう見えているのか、それが自分にどう作用していくのか。そこにしか興味はない。自分ご都合主義なのだ。数あるコーヒーの中からアメリカンを選んだにすぎない。

 

明日死ぬかもしれないから今日を自由に生きるのか。明日死ぬかもしれないから全力投球をするのか。これだって、どっちを選んだって良いはずだ。

選んだ方が自分の望んでいることであって、それ以外はなにもない。

 

他者が望む自分よりも、己が望む自分を生きる。

それでいい。それが己の人生を生きるということだとわたしは思う。自分が何を欲しているか。何がしたいのか。どこにいきたいのか。自分に問い続ける。そして答え続ける。他者の言葉よりも己の言葉に耳を傾けて。わたしらしくありたいなら、わたしに問い続けるべきだ。