いつかの言葉たち。

メモに残した言葉たち。

 

 


運命の人や物は恋愛に限らず、というより人生に直結する運命の出会いは常に求めてる。


わたし足りないのは笑顔というか微笑みだと思いました。目があったときにふわっと、にこっとでも愛らしく微笑むことができるかって大事だなあと思いました。微笑みの練習しよう。


なりたいで終わらせない。なる。一回しかない人生だから成し遂げてみせる。


常々思うのはどうして自分の違うものを排除しようとするのだろうっていう疑問。否定から入るのではなく、まずは話を聞いて相手を知るということがなぜできないのだろうと思ってしまう。違うことを個性と言えないのならば、新たな発見くらいでも思うことができればいいのにって。


年齢は顔にも出る。これまでの歩みと今が。


最近感じるのは息遣い。流れるときは同じでも生きてきた年数や密度によって人だけでなく物からもそれぞれ違う息遣いを感じる。思いを馳せ、リンクしようとする。見てきたもの感じてきたものはわたしにはわからないけれども、それでも想像する。そうして息遣いを感じる。
そして思うのはああ、なんて愛おしいのだろうという気持ち。この道路も、あの建物も当時命を費やして作ってくれた人がいるという事実は確かにあって、それを思うと感謝の気持ちとどうしようもない愛おしさがこみあげてくる。たくさんの命の中でわたしは生きていて。じゃあわたしはこれから未来の命に向けて何ができるのだろう、何が残せるのだろう、何を捧げられるのだろうって考える。皆が懸けてくれた想いは色んなところに散りばめられていて、それを感じられるようになったことが嬉しい。ただ、純粋に嬉しい。そうして今生きているというこの事実が嬉しい。


苦悩が言葉にあらわれたっていい。言葉は生きている。わたしはその言葉から感じたい。誰でもない本人の言葉で。
誰かの言葉の引用もいいけど、やっぱり本人の言葉が一番素敵だよね。わたしは学びではたくさんの人の言葉を収集したいと思うけど、やっぱり自らの想いは自らの言葉に乗せて表現したい。


他人は自分の存在意義なんて教えてくれるわけないし、これはわたし自身が見つけ出した唯一のものと言っても過言ではないとおもう。自分で自分の存在意義や理由を見つけられたわたしは成長した。


「たまらなく胸躍った」というフレーズだけ聴けばプラスのように聴こえるが、本当は違う。言葉そのものの意味だけを受け止めるのではなく、考えたい。


昔はこの自分のなんでも深く考えるくせがマイナスに出ることが多くて、わたし自身もうんざりしてたけど今は違う。深く考えて得たことは大きいし、それがあったから出会えた人やモノは多くて、その出会いのお陰で良い方向にまた変われたから。だから感謝している。うんざりしても変わらなかった自分にも変えるべきポイントだったのかもしれない。でもわたしは変わらなかった。これを受け入れて生きていくしかないと思ったから。あの時は、諦めにも似た気持ちでそう思っていた。今はそれで良かったのだと思う。


清く正しくなんて誰も生きられない。若い子見てて羨ましいなんてちっとも思わない。今も未来も同じくらい大事で譲れない。だから、わたしは今に固執するし、思考して未来のために今を生きる。


1日1日が贈りもので、同じ日はなくて。絶対に戻らない日々。その中でどうあろうとするか。何も思って生きるか。忘れずに心にとめておきたいのは感謝の思い。人だけでなく、万物に対して。日の光にだって。今日で人生終わりだって言われても本当に後悔ない。