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生きながら、少しずつ死んでゆくわたしという存在。

命あるものはいずれ死ぬ。物はいずれ壊れる。今日一日を生き、明日を迎えたとき、今日という日は切り離されて死ぬ。今日を生きて、わたしはまた一日死に近づく。

 

絶対的な死。変えられないもの。わたしたちのおわり。

 

死を意識したのは今に始まったことではない。幼い頃「死ぬ」とはなんなのか考え、恐ろしくて泣いたこともあった。今でも正直恐ろしい。死んだらどうなるのだろう。魂は本当にあるのか。死んだということすら分からないままなのではないか。様々なことを考えるも最終的に死なないと分からない、で終わる。考えても仕方のないことなのかもしれないが、それでもわたしはやめなかった。

 

今でも考える。あの頃と違うことと言えば死を受け止め、見据えどう生きようか、はたまたどう死を迎えようか考えていることだろうか。そしてもうひとつ。

 

それはリミットだ。

 

あと何回満月を見ることができるだろうか。あと何度友人と食事に行けるのだろうか。あと何度、家族のことを想えるのだろうか。あと何度、あと何度と自分にはどれだけ残されているのか気にしてしまう。明日事故にあって死ぬかもしれないし、限界を感じて死ぬかもしれない。それはわたしにも分からないし、きっと神様にも分からないのではないだろうか。分からないけれども、無限でないことは分かっている。だから気にする。

 

今日の空は今日だけのもの。今日のわたしは今日だけのもの。今日の風は今日だけのもの。一日一日が大事で、限られた時間の中でわたしたちは生きている。掛けてくれた言葉も、もう直接聞くことはないかもしれない。そう考えるとどうしようもなく自分の人生が、今日のこの空が、誰かの声が愛おしく感じる。感謝の気持ちが湧き上がってくる。

 

怖いだけの死はもうわたしの中にはない。与えてくれたのは感謝の気持ち。その気持ちを、大事に大事に育てよう。

 

死もまた二面性を持ち合わせている。