舞台「ノラガミ−神と絆−」

前作に引き続き観劇してきた。今回は恐らくアニメ2期後のお話、ということであっているだろうか。ノラステは脚本がオリジナルとあって、キャラクターの新たな面、描かれることのなかった日々を観ることができる舞台だ。

 

前回も大変良かったが、今回は前回より何倍も、何倍も良かった。本当に素敵だった。

 

今回オリジナルとして出てきた神がいる。「争いごとを願う人々の心から生まれてきた」神、敢御。彼は言った。「新しい時代は争いと共に生まれた」「平和という感覚は争いがなければ実感できない」「故に、争いは必要である」

 

此処でリンクしたことがあった。小説「虐殺器官」に出てくる虐殺の種を蒔く男ジョン・ポールのことを思い出したのだ。彼も少数のために多数を犠牲にしていた。愛する人の平和を守るため、此方側に目を向けないように自国の者同士で争って貰おうと。そうやって国々を渡り歩き虐殺の種を蒔いていく。それがジョン・ポール。

 

彼らの言っていることは間違っていないと思う。現に、わたしたちの平和は多くの犠牲の上に築かれているからだ。それは命を亡くすという目に見て分かるものだけではないり

 

ここでもう1つ思い浮かべたことがある。これからの4年間のアメリカ、そして世界情勢に関してだ。敢御の言葉を聞いて、これから先の世界のことを言っているようにも感じた。そういう意図はきっとないのだろうが、世界が動き出すタイミングではあるなと感じたのだ。

 

 

敢御は新たな神器を得ることになる。災いを起こすとして幾度となく主から放たれた者に名を与え神器とした。それが颯丸だ。彼が出す霧は神と神器の連携、感覚を遮断する。その力を見た敢御は颯丸に自分の道標になるよう言った。時代を変えるには、新たな時代を作る為には颯丸が必要だと。主に必要とされたことが嬉しい颯丸は敢御の為に尽くそうと強く心に決める。だが、少しずつ敢御の描く世界と颯丸の気持ちにすれ違いが生じる。 そしてその気持ちは少しずつ大きくなり主を刺すことになる。ヤスミが発覚し、颯丸は己の気持ちを正直に話すことにした。

 

ノラガミという作品の良さは心情描写が丁寧に描かれていることではないだろうか。今回の舞台では特に神と神器のお互いを思う気持ち、すれ違いながらも相手を信じる気持ちなど、丁寧に丁寧に描かれていたと思った。また敢御と夜トという相反する神と神器の関係性を同じ舞台で見せることにより、その関係性には様々な形があるのだなということを再認識した。

 

今回終盤で「神は人が分からない」という台詞があったが、だからこそ歩み寄るその姿にぐっとくるものがあり、客観的に見て得るもの、感じるものが多いのではないだろうか。元人間の神器と神が歩み寄るその姿に。

 

個人的に雪音くんと夜トの関係性がどんどん良いものになってきたなと観て分かるのが大変嬉しく思う。植田くんの雪音くんが本当に好きだ。

 

ノラガミにしか出せない世界を今回は非常に感じることができた。もし次回作があるのならば、是非ともまた会場でお会いしたいものだ。