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上半期の終わりが近づいております。

今年もあと1カ月で半分が終わりますね。今回は2017年上半期のホロスコープ、そしてフォーチュンサイクルの見直しをしつつ、手帳に書いている内容をご紹介しようと思います。雑誌やウェブコラムに記載されているものを書き写したものなのですが、たまに読み返し2017年の流れを確認しているのです。

 

まずはホロスコープから。Twitterでも少しお話したことがありますが、2016年は「解体」の年であり、2017年は「ゼロから1を引き上げる」年。これは昨年末のフィガロにとじ込み付録として記載されていた石井ゆかりさんのホロスコープ。ちなみに発売中のフィガロで2017年下半期のホロスコープも読めますよ。こちらもとじ込み付録です。抜粋してご紹介します。

 

 

【2016年は柔軟宮に星が集まり「物事が変容していく」雰囲気に満ちていました。

季節の変わり目には、それまでの季節が「解体」していきますが、それにも似て、

「ずっと続くだろう」と思われた体制やシステムが

奇妙な形にばらばらと分解していく風景を目の当たりにした気がします。

イギリスのEU離脱や、日本では今上陛下の「お気持ち」が発信されるなど、

象徴的な出来事とたくさん起こった年でした。

(中略)

そうした「解体」の時間から、2016年秋以降、新しい時間へのシフトが始まりました。新しい時間とは、いわば「起動」の時間です。

柔軟宮が「季節の変わり目」なら、2017年上半期に星が集まる活動宮の世界は「季節の始まり」を担っています。

季節の始まりは非常にフレッシュで、

ゼロから物事が立ち上がっていくような初々しい勢いに満ちています。

2016年秋までが「解体」の時間なら、

2017年上半期は、解体されて更地になった場所に、

新たな建物の最初の柱を立てるようなタイミングと言えるでしょう。

 

思うに、物事を「ゼロから1」にするには、「1から10」にするのとは、

少し違った力が必要になるのではないでしょうか。

たとえば、知らない同士が知り合いなることは、

すでに知っている相手ともっと親しくなるよりも、

はるかに勇気の要ることです。

「最初に声をかける」ことが怖いばかりに、ずっと長い間1人でいる、

という人も少なくないのです。

おそらく、ゼロの状態から最初の一歩を踏み出すには、

すでにある均衡状態やルールをまるで無視して、一気に目に見えない壁を打ち破っていく、

ある種の無鉄砲な「破壊力・突破力」が必要になるのだと思います。】

 

 

久しぶりにこれを読んで、思えばわたし個人の中にも「解体」があったなと思いました。簡単に言えば人間関係です。2016年に入ってから、そして秋に自分がこの世に生まれたミッションは何かをやっと、10年以上考えてやっと見つけられてから(今は本当にこれなのかと迷い、悩んでいる期間に入っていますが)25歳を迎えて、これからどう自分の人生と向き合っていこうかと考えた時、周りとの関係性を整理しようと思ったんですよね。そこがわたし自身における「解体」だったのだと思いました。人間関係や、自分を紐解く「解体」があって、2017年に入って小さなことではありますが「立ち上がり」を意識してトライしていることもあります。

 

ウェブコラムでは2017年についてこのように書いているのもありました。こちらも抜粋して。

 

 

【フォーチュンサイクルで見ると、2017年に思い切ってチャレンジできない人は、そこから9年間はチャレンジの機会を逃してしまうとか。そのためにも、2017年のうちに何かひとつでも目標を掲げて挑戦することが必要。チャレンジできた人ほど"可能性"がテーマとなる2018年を実りあるものへと変えていける。実現できるかわからないあいまいな目標ではなく、1年間で叶えられそうなハードルを設定することがコツ。

リセットにも最適な年なので、やり直したいことや後悔していることがあれば、ゼロから再チャレンジするのもオススメ。】

 

 

今までホロスコープやフォーチュンサイクルは読んで終わりでしたが、意識するようになってからはどこかいつもと違う気がしています。こうやってたまに読み返して、確認して、感じて。信じる信じないかというよりも、気付きや振り返りとツールとして扱うようになりました。振り返りをすると「そうだったかも」「思えばあれはそういうことだったのか」と発見があって面白いです。

 

 

今回はもう一つ月のパワーについても少しお話したいと思います。明日は新月ですね。新月の日は思いを宣言する日。「私は」を主語に完結系、例えば「私は100万円貯めました」という具合に手書きで2〜10個紙に書く「アファメーション」をぜひやってみてください。わたしは1月からこのアファメーションをしています。月1回、月によっては稀ですが月2回、このアファメーションをするようになってから特別意識しなくても少しずつできるようになっています。月1回の再確認ができるというのも大きな利点でしょうが、少しずつ目標クリアに近付いているのを感じます。月のパワーは侮れないなと本当に感じています。特に月は女性との関係が深いものです。明日から如何ですか?

 

また機会があったらこのような記事書いてみたいと思います。最後まで読んでいただいてありがとうございました。

女子をこじらせて。from 職場

休憩に入ったときに同僚に言われた。

 

「もしかしたらわたし彼とより戻してそのまま結婚して辞めるかも」

「え、そうなんですか?」

 

彼と別れて1年半くらいのその人は6年同棲をしていた。最後はだらしがないという理由で彼と別れたと言っていた。連絡先はLINEに出てくるから、そこから連絡すると言っていた。

 

「彼は今彼女とかいないんですか?」

 

と聞いたら、

 

「さあ?でもあいつモテないし、いても奪うだけだよね」

 

正直、よりを戻して結婚なんて上手くいくものかと思ってしまった。妥協しているようにも感じたし、仕事を辞める理由が欲しいようにも感じた。

 

以前から寿退社したいと言っていた。仲の良い友人はみんな結婚してしまって唯一未婚の友人がいて、その人と街コンに行ったり出会い探しをしているようだった。別の友人を介して出会った人とは進展がなく、もやもやしていると週末に言っていた。

 

そういう話を聞いていたからか、尚更妥協しているようにも仕事を辞める理由欲しさのようにも感じてしまったのだ。本心は分からないが、以前から上司とも合わないこともあったようだし、ズレてはいない気がする。

 

結婚ってなんだろう。みんな何を求めて、もしくは何を思って結婚をするのだろう。疑問に思ってしまった。

 

今日も女を拗らせて女が分からないまま女を生きている。

拝啓、雨宮まみ様⑵

東京は気温差が激しくも、夏が近付いて来たのだなという気温が続いています。其方では如何お過ごしでしょうか。

まみさんが亡くなって半年経ってしまったようです。半年ってなんだかあっという間でしたね。

 

まみさんの訃報を聞いた日は木曜日でした。わたしは木曜日が定休で、夜まみさんが亡くなったことを知って泣きながらシャワーを浴びました。シャワーを浴びながら泣く利点は「音」です。シャワーの音が泣き声を曖昧なものとする。毎日湯船に浸かるわたしですが、その日はシャワーだけにしたのです。

 

翌日は訪問診療の予定が入っていて、ドクターと患者さんの御自宅に伺いました。その日はとてもよく晴れていて、気持ちの良い日でした。でもわたしの頭の中はまみさんのことでいっぱいで「こんなに空は晴れているのにまみさんはもう居なくて、それでも世界は変わらずに回っていて、こんなのおかしい」そう本気で思いました。浮かぶのはまみさんの笑顔だけでした。

 

週末に高校の頃からの友人と食事の予定が入っていました。わたしは正直気が進みませんでした。目の前にある「生」がまみさんの「死」を浮き彫りにしたからです。自分でも酷い人間だなと思います。でも本当にそればっかり思っていたんですよ。まみさんの死が受け入れられなくて、周りの「生」に感情を燃やすなんて、みっともないですよね。でもあの頃はそれで保っていたんです。なんとか、これ以上落ちないようにと、それで保っていたのです。

 

暫く経って思いました。まみさんが亡くなってしまっても、まみさんの言葉はずっとあって、だからまみさんは死んでしまったけれど死んではいなくて。まみさんの想いや魂はまだここにあって、この時間の中にあって、それはきっと永遠にあるのだとわたしは気付きました。わたしがいつか死んでも雨宮まみが残した言葉は永遠にあり続ける。そしてその言葉たちはわたしにとって御守りのようなものになっていました。わたしはまみさんの言葉と生きると強く思ったのです。辛いことがあっても、女を拗らせてしまったときでも、わたしには雨宮まみの言葉があるのだと思うと、また立ち上がれる気がしました。

 

上司にあたるドクターの1人にこの間夏は帰るのかと聞かれました。今年は丸々1週間帰るつもりでいるので、その旨を伝えました。わたしの実家は青森県内で、一番近くのコンビニは徒歩30分という田舎です。そんなところだからなのでしょう。上司に「帰って何をするのか」と聞かれました。わたしは帰省する際は帰ったらまず御仏壇に手を合わせてお墓参りに行きます。大好きな祖父母に帰って来ましたよと告げにいくのです。もう数年程帰っておらず、そろそろお墓参りに行きたいというのが今年の帰省の理由でしたのでそう言うと「俺はそういうの信じてないからなあ」と言われました。信じているか信じていないかと聞かれればわたしは信じてはいません。これはただのわたしの願望なのです。まだわたしのところにいてほしい、覚えていてほしい、そして何よりもわたしが絶対に忘れたくないのだという我儘な願いなのです。

 

わたしがまみさんの言葉を繰り返し読み、SNSでこの言葉が良いとか、人様にまみさんの言葉を紹介するのは、わたしがまだまみさんを感じていたいからで、まみさんを覚えていたくて、雨宮まみという存在をわたしの中で少しも小さくしたくなくて、何よりも雨宮まみが大好きで大好きで。だからただの、わたしの願望で我儘なんです。まみさんが大好きで生きていて欲しくて、でもそれはもう無理な話で。それでもまだわたしはあなたと生きることを分かち合いたかった。あなたが見た世界をわたしも見たかった。わたしの光であって欲しかった。そしてそれを今でも望んでいるからおかしな話ですよね。

 

わたしは40歳がくる!が一番好きです。中でも下記の文章が好きです。

 

先輩だからって、いつも正しいことなんか言えない。自分だってまだ正しいことなんて何なのかわからないのに、他人にとって何がいいのかなんてわかるはずがない。人生経験が10年20年あるからって、そんなのどうでもいいことだ。時間だけじゃなくて濃度の問題もあるし、みんな誰でも、自分の経験してきたこと、自分の考えてきたことしか知ることはできない。先輩後輩なんて、本当はない。 私の知らないことを、他人は知っている。そして自分は、自分に関することしか、最後まで知ることはできないのだ。

 

本当にそうなのだと思います。わたしはいつかまみさんの年齢を超えるでしょう。まみさんのような素敵な人になれるでしょうか。誰かを包みこみ、時には肩を並べてお酒を飲んで話を聞いたり、東京なめてんの?なんて言ったり。なれたらいいなあ。

 

今年のまみさんの命日は水曜日ですね。水曜日は休めないので翌日は、いや水曜の夜からバカみたいにお酒を飲んで、二日酔いで目覚めてこれ着て外出るの?!みたいな服を着て、薔薇の花束なんか買ってアテもなくどこかに向かって、買った花束をあなたがいる空に向かって投げたい。

 

 

雨宮まみは永遠だ。

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寂しい、と素直に言える人。

そんな人が羨ましい。「寂しい」と言葉にしたところで何か変わるのかな。疑問はただの疑問で終わる。

 

わたしは「寂しい」と素直に言えない。「寂しい」は「わたしを見てほしい」と言っているような気がするから。だからわたしは言えない。もっとわたしが強ければ、しっかりしていれば、そんな言葉口にする必要もない。きっと、きっとそうだ。孤独でも戦うしかない。過去から学んで、今できることを精一杯やって、明日を戦う。わたしはずっとそうやって生きてきた。

 

でもそろそろ、解放しても良いんじゃないかなとも思う。大人になって、社会に生きて、今日を生きて。そんなに強くないって分かったから。わたしも誰かを頼って生きたいと思っている。誰かにわたしを預けてしまいたいと思っている。恰好悪いかな。情けないかな。でもそうやって生きるのも一つなんだって気付いてしまった。

 

自分の脆い部分も、弱い部分も、もう隠す必要なんてないんじゃないか。このまま、行く末もわからないまま、自分だけを守り抜くなんてできない。生きれば生きる程、消費して、ボロボロになって、傷付いて、大怪我しちゃって。それでいて尚、わたしはわたしを守れるのだろうか。消費したらお休みしたいし、ボロボロになって傷付いたら手当てしてほしいし、大怪我しちゃったら誰かに診てもらいたい。それって自然なことなのだと思う。

 

これからは口にしてみよう。「寂しい」や「居て欲しい」と口にしてみよう。 

過ぎ去ったことは、忘れろ。

さうはいっても無理かもしれぬが、 しかし人間は、何か一つ触れてはならぬ深い傷を背負って、それでも、堪えてそしらぬふりをして生きているのではないか。

太宰治

 

数日前に出会った言葉の一つだ。休日前夜である真夜中に見掛けた言葉だった。真理だなと思った。先人たちの言葉は真理であり、教科書のようだと思った。過去、同じようなことを言っている人がいたことを思い出して、わたしらカメラロールからスクリーンショットを探した。数ヶ月前のものだった。

 

全部本当で、楽しくて、愛されていることも知っていて、ただ、わたしにはわたしの、どうしようもない傷がある、というだけのことなんだ。

雨宮まみ

 

雨宮まみだった。「死にたくなる夜のこと」というタイトルで綴られた思いだった。彼女が亡くなった時、自殺ではないかなど憶測が飛び交った。その際この記事が出されていたのだ。

 

この記事にわたしは酷く共感した。誰かと一緒にいる時間は楽しい。友人なら尚更。全部本物だった。楽しかった、幸せだと思った気持ちも声を出して笑ったことも、慣れない自撮りも、一緒に食べたご飯が美味しいと思ったことも。全部、全部が本物で、嘘偽りは一切なかった。それでも、わたしにもどうしようもない傷がある。

 

皆それぞれ何かを抱えていて、それでも生きているのだなと深く感じた夜だった。

 

誰しもが自分だけの傷を抱えて生きている。誰にも癒せない、自分だけのものを一生背負って生きて行く。このわたしにも。話すことは別に構わないが、この傷は誰にも、どうにも出来ない。それだけははっきりと言える。どうしてほしい、とも思わない。諦めなどではない。なぜなら、一緒に生きて行くから。それすらも自分の一部としてわたしは生きるから。だから諦めではないのだ。

 

己を受け入れるのは、他者を受け入れるよりも遥かに難しい。勇気がいることだと思う。それでもやっぱりわたしはわたしを諦めたくないと思った。それでも生きようと思った。

いつかの言葉たち。

メモに残した言葉たち。

 

 


運命の人や物は恋愛に限らず、というより人生に直結する運命の出会いは常に求めてる。


わたし足りないのは笑顔というか微笑みだと思いました。目があったときにふわっと、にこっとでも愛らしく微笑むことができるかって大事だなあと思いました。微笑みの練習しよう。


なりたいで終わらせない。なる。一回しかない人生だから成し遂げてみせる。


常々思うのはどうして自分の違うものを排除しようとするのだろうっていう疑問。否定から入るのではなく、まずは話を聞いて相手を知るということがなぜできないのだろうと思ってしまう。違うことを個性と言えないのならば、新たな発見くらいでも思うことができればいいのにって。


年齢は顔にも出る。これまでの歩みと今が。


最近感じるのは息遣い。流れるときは同じでも生きてきた年数や密度によって人だけでなく物からもそれぞれ違う息遣いを感じる。思いを馳せ、リンクしようとする。見てきたもの感じてきたものはわたしにはわからないけれども、それでも想像する。そうして息遣いを感じる。
そして思うのはああ、なんて愛おしいのだろうという気持ち。この道路も、あの建物も当時命を費やして作ってくれた人がいるという事実は確かにあって、それを思うと感謝の気持ちとどうしようもない愛おしさがこみあげてくる。たくさんの命の中でわたしは生きていて。じゃあわたしはこれから未来の命に向けて何ができるのだろう、何が残せるのだろう、何を捧げられるのだろうって考える。皆が懸けてくれた想いは色んなところに散りばめられていて、それを感じられるようになったことが嬉しい。ただ、純粋に嬉しい。そうして今生きているというこの事実が嬉しい。


苦悩が言葉にあらわれたっていい。言葉は生きている。わたしはその言葉から感じたい。誰でもない本人の言葉で。
誰かの言葉の引用もいいけど、やっぱり本人の言葉が一番素敵だよね。わたしは学びではたくさんの人の言葉を収集したいと思うけど、やっぱり自らの想いは自らの言葉に乗せて表現したい。


他人は自分の存在意義なんて教えてくれるわけないし、これはわたし自身が見つけ出した唯一のものと言っても過言ではないとおもう。自分で自分の存在意義や理由を見つけられたわたしは成長した。


「たまらなく胸躍った」というフレーズだけ聴けばプラスのように聴こえるが、本当は違う。言葉そのものの意味だけを受け止めるのではなく、考えたい。


昔はこの自分のなんでも深く考えるくせがマイナスに出ることが多くて、わたし自身もうんざりしてたけど今は違う。深く考えて得たことは大きいし、それがあったから出会えた人やモノは多くて、その出会いのお陰で良い方向にまた変われたから。だから感謝している。うんざりしても変わらなかった自分にも変えるべきポイントだったのかもしれない。でもわたしは変わらなかった。これを受け入れて生きていくしかないと思ったから。あの時は、諦めにも似た気持ちでそう思っていた。今はそれで良かったのだと思う。


清く正しくなんて誰も生きられない。若い子見てて羨ましいなんてちっとも思わない。今も未来も同じくらい大事で譲れない。だから、わたしは今に固執するし、思考して未来のために今を生きる。


1日1日が贈りもので、同じ日はなくて。絶対に戻らない日々。その中でどうあろうとするか。何も思って生きるか。忘れずに心にとめておきたいのは感謝の思い。人だけでなく、万物に対して。日の光にだって。今日で人生終わりだって言われても本当に後悔ない。

 

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それは遺書のようなもので。

なぜわたしは言葉を残すのだろう。なぜ、書くのだろう。 文章が上手いわけでもなければ、多くの言葉を知ってるわけでもないのに、自己満のように書くのはなぜだろう。そんなことを先月あたりからずっと考えていました。わたしでない誰かの方がとても良い文章を書くし、心に残る文章を書く。わたしが書く必要なんて全く持ってないのに、なぜ書き続けるのか。

 

今年はたくさん本を読もうと決めていました。わたしはやっとの思いで先月から少しずつ本を読み始めました。懐かしい本や新しく出会った作家さんなど毎日数ページずつめくり、言葉を目で追い、消化していく。

10年振りに読んだ本があります。重松清さんの「哀愁的東京」です。短編集ではありますが、1つの大きな物語として収められています。わたしはこの本が大好きで東京に憧れていた15歳前後のときに出会いました。10年振りに読み、懐かしさと今だから分かる、響く言葉や想いがたくさんあって泣きながら読みました。そして9つあるお話のうちのひとつ「ボウ」を読んだときに冒頭の疑問の答えが見つかりました。

 

少し、この本のご紹介をしたいと思います。

 

主人公は新作が描かなくなった絵本作家進藤宏、40歳。彼はフリーライターで生計を立てていました。フリーライターという仕事を通して、また絵本作家進藤宏として、様々な人に出会います。破滅を目の前にした起業家、閉園を迎える遊園地のピエロ。ピークを過ぎてしまったアイドル、そしてボウで書かれているのが生の実感を失った同級生であるエリート会社員。東京という一見煌びやかな街にも、哀しくも深く残る物語はあって、彼の目を通してわたしたちはまた東京という街を知ることができます。

 

ボウでは生の実感を失った同級生が、進藤に「どんな形でもいいから自分のことを文章にしてくれ」とお願いをします。自分が自分であるという証拠が欲しいと。自分がゼロになっていく、失われていく感覚があって、その時を迎えるのが怖いのだと言います。わたしはこれを読んで思いました。わたしもわたしが生きていたという証が欲しかったのだと。わたしのこの言葉たちはわたしが生きていた証拠であり、言ってしまえばある意味遺書のようなものなのではないか、そう思いました。

 

何のために書くのか。

 

わたしはただ単に自分が生きていた記録が欲しかったのです。自分がこの瞬間生きていたのだという証拠が欲しかった。ただ自分のためだけに、わたしがわたしでいたという、生きていたという証が欲しくてわたしは書いていたのだと気付かされました。それは寂しいことだと思われるでしょう。当たりです。わたしは誰かに、わたしが生きていたのだと確かめて欲しかった。未来のわたしでも構わない。誰かに証言者になって欲しかった。わたしは寂しい人間なのです。でもこれもわたしですから、寂しくとも、狡くとも、嫌な人間であろうともわたしは今を生きている。今こうして、文字を残してわたしを残している。そして数日後か数週間か、数ヶ月後か分からないけれど、わたしは読み返してわたしを確かめるのでしょう。 

 

言葉は証であり、真理であり、遺書でもある。